別居していて夫婦の実態がないのに、「婚姻費用」を負担し続けるのは、おかしいと感じる方は、少なくないのではないでしょうか。
しかし裁判実務では、別居中の配偶者に対して、婚姻費用を支払い続けるのは、当然のこととされ、基本的には算定表に従って婚姻費用を支払うよう求められます。もっとも一切、例外が認められないわけではなく、事情によっては免除されたり減額されたりすることがあります。
婚姻費用とは
裁判所のウェブサイトでは、婚姻費用について、「別居中の夫婦の間で、夫婦や未成熟子の生活費などの婚姻生活を維持するために必要な一切の費用」と説明されています。
この記事を読まれている方は、婚姻費用についての基本的なことは理解されていると思いますので、婚姻費用の概説的な説明は省きます。
婚姻費用は、常に算定表に従った金額を負担しなければならないか?
いわゆる算定表は、夫婦双方の収入(年収)の額と未成熟の子どもがいる場合は、その子どもの年齢、人数のみで、一方が他方に支払うべき婚姻費用の金額を決めるという建前になっています。
権利者(多くの場合、妻)の不倫が原因で、夫婦の関係が悪化し別居することとなった場合は、支払わなくてよい、ということになっているわけではありませんので注意が必要です。
婚姻費用を決める際に、その夫婦がどのような経緯で別居するに至ったのかについて、考慮する前提がありません。そのためたとえば裁判所の調停委員は、算定表に従った金額を支払うよう義務者(多くの場合、夫)に求めてくるのが通常です。
しかしたとえば不倫して家を出て行った妻など(有責配偶者)からの婚姻費用分担請求の場合、信義則違反、権利濫用などの理由で、申立てが認められないか、あるいは算定表に従った金額よりも少ない金額のみ支払うよう命じた裁判例もあります。
したがって支払義務者は、常に算定表に従った金額を負担しなければならないわけではありません。
有責配偶者かどうかを審理しないと判断した裁判例があること
もっとも不倫して出て行った妻などの有責配偶者から婚姻費用分担請求の場合であれば、必ず負担を免除されたり、減額されたりすると決まっているわけではないので、注意が必要です。
平成29年6月9日横浜家裁審判では、裁判所は、婚姻費用を請求している妻が、第三者とビジネスホテルで同室していたという事案で、夫が妻とその第三者との不貞関係を疑うことはもっともなことではあるとしながら、「不貞関係の存否及び婚姻関係の破綻原因の特定については、離婚訴訟等においてなされるべきことであり、明らかに不貞関係が認められ、かつ、それが申立人と相手方との婚姻関係の破綻原因であることが明らかな場合を除き、日々の生活費を賄うための金額を定める婚姻費用の分担の審判において、これを積極的に詳細に審理することは相当ではない。」「申立人の婚姻費用の分担申立てが、権利の濫用又は信義則違反により、許されないということはできない。」などの理由で、婚姻費用の免除や減額は認めず、算定表に従った金額を支払うべきであると判断しています。
この裁判の判断の仕方について、一般化はできませんが、他の裁判官も同じ様な発想をする可能性があることは、念頭に置いておく必要があります。
なおこの事例でも、不貞行為が明らかであり、それが原因で夫婦の関係が破綻したと言えるような場合には、免除または減額を認める余地があると判断しています。
この裁判例では、次のように判断されています。
「上記のとおり、相手方が申立人とBとの不貞関係を疑うことはもっともなことではあるものの、申立人は、Bとの不貞関係を否認しているところ、申立人は、現在、Bと同居しているわけではなく、母子生活支援施設で長男とともに生活していること、相手方は、申立人とBとの行動を調査した結果を得た後も、申立人との関係修復を探っていたことを考慮すると、現段階において、明らかに不貞関係が認められ、かつ、それが申立人と相手方との婚姻関係の破綻原因であることが明らかであるとまではいえない。別居の経緯その他についても、現段階において、申立人が一方的に有責であるとはいえない。」
子の養育費の支払義務は免れないこと
不貞行為が明らかで、それが夫婦の関係が破綻した原因であることが明らかであり、不貞相手と同居して生活しているような場合、婚姻費用の分担請求をしても減額、免除されるはずです。しかし、そのような場合でも、子どもには責任がありませんので子の養育費相当額の支払義務は免れないとされています。
東京家庭裁判所平成20年7月31日審判は、「別居の原因は主として申立人である妻の不貞行為にあるというべきところ、申立人は別居を強行し別居生活が継続しているのであって、このような場合にあっては、申立人は、自身の生活費に当たる分の婚姻費用分担請求は権利の濫用として許されず、ただ同居の未成年の子の実質的監護費用を婚姻費用の分担として請求しうるにとどまるものと解するのが相当である。」と判示しています。同審判は、当該事案において、権利者が監護している未成年の子の養育費の限度で、婚姻費用分担請求を認容しました。
このように、別居の原因は主として権利者(多くの場合、妻)の不貞行為にある場合、自身の生活費に当たる分の婚姻費用分担請求は権利の濫用として許されないとする一方で、未成年の子の実質的監護費用については請求できると判断されています。離婚が成立したとしても、養育費は免れませんのでやむを得ないと思います。
裁判で婚姻費用分担義務を免れるには、丁寧な説明(主張)と、効果的な証拠の提出など(立証)が必要となること
婚姻費用の分担を裁判で請求された場合、婚姻費用の分担義務を免れるためには、不貞行為が原因で夫婦関係が破綻した場合で、かつ義務者に夫婦関係破綻の原因がない場合など限定的であり、かつ裁判所にそのことを認めてもらう必要があります。丁寧な説明(主張)と、効果的な証拠の提出など(立証)が必要となります。
前半のまとめ
以上をまとめると次のようになります。
(1)義務者(多くの場合、夫)は原則として算定表に従って、婚姻費用を分担しなければならない。
(2)不倫して出て行った妻などの有責配偶者からの婚姻費用分担請求の場合であれば、減額または免除されることもある。
(3)有責配偶者からの婚姻費用分担請求であれば、必ず免除されるというわけではない。
(4)いずれにしても未成熟の子がいる場合、養育費相当額の分担義務は免れない。
(5)婚姻費用の分担を免れる場合は、限定的であり、裁判になっている場合は、丁寧な説明(主張)と、効果的な立証(証拠の提出など)が必要である。
婚姻費用はいつまで支払う必要があるか?(婚姻費用の支払義務は、別居または離婚成立まで免れないこと)
婚姻費用の支払義務は、別居または離婚成立まで免れることができません。
別居解消の見込みがないのであれば、婚姻費用の支払義務を免れるには、離婚しなければなりません。
権利者(多くの場合、妻)としては、離婚が成立すれば、婚姻費用を受け取ることができなくなりますから、権利者が婚姻費用を受け取り続けたいと考えている場合、協議離婚や調停離婚にただで応じることはあり得ません。
権利者が、協議離婚や調停離婚に応じない場合に、義務者として、婚姻費用の支払義務を免れるには、判決で離婚を認めてもらうしかありません。
では裁判所は、夫婦としての実態がなければ、離婚請求を認めてくれるかというと、そうでもありません。
何年も別居しているのに、離婚請求を認めなかった裁判例も一定数あります。
翻って考えると、義務者としては、数年分(たとえば2年分、あるいはそれ以上)の婚姻費用を支払うことを条件に協議離婚に応じてもらうよう、権利者を説得するのが妥当ということになります。
権利者が、徹底的に離婚に応じないという方針を取る場合、調停となっても離婚訴訟となっても、離婚には応じない方針を貫くと、離婚判決が確定するまでに、少なく見積もっても2年程度かかります。実際にはそれ以上、長期間となるケースも少なくなく、事案によっては離婚判決が確定するまでに、3年、4年(あるいはそれ以上)かかる場合もあると思います。しかもその結果、離婚請求が認められるという保証はありません。
東京高裁令和 3年 1月21日判決は、別居時まで27年間婚姻関係が継続し、別居期間が控訴審の口頭弁論終結時点で約3年7か月経過したという事案で、有責配偶者からの離婚請求であるとして、夫からの離婚請求を認めませんでした。別居期間が3年程度、経過していれば離婚できると安易に考えるべきではありません。
義務者が住宅ローンを負担しており、かつ権利者がその住宅に居住している場合
因みに、義務者(多くの場合、夫)が住宅ローンを負担しており、権利者(多くの場合、妻)がその住宅に居住しているような場合、義務者は、住宅ローンを支払っているからという理由で婚姻費用の分担を免れることはできないとされていますので、住宅ローンと婚姻費用を二重に負担しなければなりません。義務者がその不動産を単独で所有している場合は、売却してその代金等で住宅ローンを完済できれば、住宅ローンの負担から逃れることができますが、事実上、売却できないことがあります。
権利者(多くの場合、妻)が居住していて、売却後も退去するか分からないということであれば、当然、買いたたかれてしまいます。これを避けるために義務者は、権利者に対し明け渡しを求めたいところですが、権利者は、財産分与の対象であるから実質的に共有不動産であり占有権限があると反論してくることが考えられます。この点が争点となった裁判例では、住宅ローンがいわゆるオーバーローン状態であり、不動産は分与対象とならないという理由で、明け渡し請求を認めましたが、裏を返せばオーバーローンでなければ、明け渡し請求を認めないという判断となりそうです(もっともこの問題は、事案により判断が分かれるのではないでしょうか)。なお住宅ローン付きの不動産が単独所有の場合に、一方的に売却して良いかについては議論の余地があると思います。
また権利者が売却できないように保全処分をかけるという場合もあります。財産分与の対象となることが見込まれるということを根拠に処分禁止の仮処分をかけるパターンと慰謝料請求権などの金銭債権を被保全債権とする仮差押えをかけるパターンが考えられますが、前者については離婚するかどうかまだわからない場合は、実質的に共有ということはできないので処分禁止の仮処分は認めないと判断された例があります。仮差押えについては、解放金を支払えば、売却自体はできるようになります。
住宅ローン付きの不動産が義務者の単独所有ではなく、権利者と共有となっている場合は、義務者の単独の判断で、その不動産を第三者に売却することができません。また義務者がその不動産を占有していたとしても、立ち退きを求めることができません。このような場合は、義務者としては、住宅ローンも婚姻費用も支払義務を免れないということになりそうです。
義務者が住宅ローンを負担しており、権利者が住宅ローン付きの不動産に居住しているケースで婚姻費用の分担請求があった事案で、裁判所は算定表に基づく、婚姻費用の額から住居関係費の相当額(住宅ローンの支払額ではなく、また家賃相当額でもありません)を単純に控除して、実際に義務者が支払うべき婚姻費用の額を決めた裁判例があります。
理論的な説明としては、理解に苦しみますが、婚姻費用の額から住宅ローンの支払額や家賃相当額をそのまま控除してしまうと実際の婚姻費用の金額が少なくなりすぎてしまうために、そのような判断となったのではないかと思います。
裁判離婚はお勧めできません
離婚調停では代理人を立てないことも少なくないと思いますが、離婚訴訟では、多くの方にとっては代理人を立てずに争うのは事実上、不可能です。
裁判離婚、特に離婚訴訟については、時間、費用、労力がかかりますので、できる限り避けたいところです。調停前の協議の段階で、調停となっている場合は調停の段階で、お互いに譲歩して、折り合いをつけることが双方にとってメリットが大きいと思います。
調停離婚のさまたげとなる要因の一つに親権の問題があります。親権については、どちらか一方に定めることになっているため、譲歩しにくいという問題があります。しかし監護していない親が親権を取るということは、かなり限定的な場合ではないかと思います(ケースによりますで、ご自身で判断せず法律相談を受けていただくことをお勧めします)。
裁判離婚のデメリットについては以下の記事で書いていますので、関心のある方は参照してください。
一度決まった婚姻費用を減額できるか?
婚姻費用は、当事者双方の収入の額(未成熟子がいる場合は、その人数及び年齢も)によって決めることになっていますので、本来的には、収入が変わったら、婚姻費用の額も変更されるべきです。
しかし実務的には、収入の多少の変動では、減額や増額は認められないのではないかと思います。
収入状況の変化などによって、減額が認められることもありますが、一度決まった婚姻費用の金額を下げるということは、かなりハードルが高いです。
協議離婚に応じてもらうよう相手方を説得するためのポイント
婚姻費用の支払義務を免れるためには、離婚が成立することが必要であることは上述の通りで、義務者(多くの場合、夫)としては、相手方に協議離婚に応じてもらうよう相手方を説得することが必要となります。
相手方を説得するためには、次の点がポイントになると思います。
(1)離婚請求が認められない場合があるとは言っても、最近の裁判所は、破綻主義と言って、離婚訴訟の被告に明確な落ち度がなくても、長期間、別居している場合は、離婚を認める傾向にあることを強調する。
(2)離婚について、徹底的に争われた場合、離婚が認められるとは限らないことを理解し、協議離婚に応じる条件として相手方に対し解決金を提示する。
(3)離婚裁判となれば、費用や労力など相手方にも相当の負担がかかる事を説明する。特に離婚裁判で徹底的に争うという場合は、弁護士費用が相当額となることを説明する。
具体的な説得方法については、事案により異なります。詳しく知りたい方は、法律相談をお申し込みください。以下をご参照ください。当事務所の法律相談は、有料ですので、予めご了承ください。
以上