はじめに
この記事では、私が、自己破産を検討されている方に、自己破産のデメリットについて質問された際に、回答している内容をご説明します。自己破産を検討されている方の中には、ある程度の資産をお持ちの方もいらっしゃいますが、ここでは資産をお持ちではない方を想定しています。
またこの記事は、弁護士の立場で、知識として持っている情報を提供するものです。実際に破産した方が実感として持つデメリットという視点では説明していません。
さらに自己破産のデメリットは、個別の事情により異なる場合があります。たとえば家族や知人に知られずに破産したいと思って、知られないように黙って破産手続きを進めていても、家族、知人に知らせなければならないという場合もあります。
実際に、自己破産するか否かを決める際には、ご自身の実情を専門家に説明して、メリット、デメリットを正確な情報に基づき、十分に検討した上で決めるようにしてください。
自己破産のデメリット
新たな借り入れはできないこと
自己破産の申立て手続きを弁護士に依頼してから、破産手続き開始決定まで、新たに借り入れをすることは、できなくなります。
新たな借り入れができないという意味は、新たな借り入れをすることが許されないということであって、実際には、借入先や借入時の状況によっては借り入れることができる場合もあります。給料前借は、借り入れではないとおもって、前借りしてしまう方がいますが、それも許されません。
破産申し立てをする場合は、開始決定前に借りたものは破産債権となり、免責許可の対象となりますので、返済しないことを前提としています。従いまして、新たな借り入れするということは、返済するつもりがないのに、それを隠して借り入れをしたということになりますので、詐欺となる可能性があります。免責が許可されなくなる可能性が高くなります。
そのため事実上、新たな借り入れをすることができなくなります。
しかし破産申し立てを検討している方は、皆さん借金生活はこりごりだと思っていますので、新たな借り入れをできないことデメリットと感じることはないように思います。
クレジットカードを利用できなくなること
現代社会では、多くの方がクレジットカードを持ち、日常生活で使用しています。クレジットカードを利用することができなくなると、様々な社会生活が制限され、生活しにくくなる可能性があります。
ネットでの決済ができなくなりますし、クレジットカード払いしか対応していないサービスはそもそも利用することができなくなってしまいます。
ETCカードも利用できなくなります。ただETCカードについては、クレジットカードを使用できない方でもETCカードを利用することができる場合もあるようです。
当然、新たにクレジットカードの発行を受けることができなくなります。ただ未来永劫発行が受けられないわけではなく、信用情報が抹消されて、新たに申し込みをした時点の信用情報に問題がなければ、破産後であってもクレジットカードの発行を受けることができるようになりますし、任意整理の場合よりも終了するのが早いので、クレジットカードを新たに発行してもらえるようになるまでの期間は、任意整理の場合よりも早いかもしれません。
職業の制限について
破産開始決定から、免責許可が確定するまで、警備員や不動産取引士など一定の職業に従事することができなくなります。
警備員の職業制限について、合理性があるのかかなり疑問です。
とくに雑踏警備や交通誘導警備などのいわゆる2号警備業務は、警備員の経済状態とは無関係であり、職業制限することの意味はないように思います。
ただ現状では、警備業法第14条、第3条で「破産手続開始の決定を受けて復権を得ない者」は警備員となってはならないとされています。
官報に掲載されて破産したことを公開されること
ウィキペディアによりますと、
「『官報』(かんぽう)は、日本国の機関紙である。国としての作用に関わる事柄の広報および公告をその使命とする。」
とされ、
「法律、政令、条約等の公布をはじめとして、国や特殊法人等の諸報告や資料を公表する「国の公報紙」「国民の公告紙」としての使命を持つ。会社の公告として、合併公告、決算公告なども掲載される。」
と説明されています。
日本国政府、国会、裁判所等が公告、公表する様々な内容が掲示されるわけですが、その中の裁判所が公告する情報の一部に、破産、免責、特別精算、再生に関する情報が含まれています。
破産については、事件番号、破産者の住所、破産者(債務者)の会社名(及び代表者名)や氏名のほか、決定年月日、主文の内容、破産管財人の氏名等、破産債権届出期間、財産状況報告集会等の期日、免責意見申述期間等の情報、裁判所名などの情報が掲載されます。
インターネット版官報では、直近90日間の官報情報(本紙、号外、政府調達等)を、全て無料で閲覧することができます。
だれでも閲覧することができますので、親族や友人、知人が調べようと思えば調べることができますが、官報を通じて周囲の人に破産したことが知られてしまったということは、ほとんどないように思います。
生命保険会社の人事担当者は、自社の生命保険募集人が破産開始決定を受けていないかチェックしているという話を聞いたことがあります。
「破産手続開始の決定を受けて復権を得ない者」については、保険業法で生命保険募集人としての登録拒否事由、登録取消事由となっているためです(保険業法第279条第1項第1号、第307条第1項第1号)。
破産者マップについて
破産者マップについては、「破産者マップ事件」としてウィキペディアで、基本的な情報は説明されていますので、詳しくはそちらを参照してください。
この問題は、要するに個人が運営する『破産者マップ』というウェブサイトに、破産者の氏名、住所がアップロードされており、Googleマップ上に破産した方の情報を容易に確認することができるというものでした。
結論的にはこのサイトは閉鎖されたのですが、その後、新・破産者マップと称するウェブサイトが、同じような仕組みで情報を提供しています。
情報の削除を要請する場合、内容に応じて12万円、または6万円相当のビットコインを支払うよう求めており、悪質な恐喝ビジネスであると指摘されています。
今後、このウェブサイトが存続し続けるとは思えませんが、この記事を書いている令和5年11月時点では、まだ存在していました。
家族や友人知人等に知られないようにすることはできるか
これはケースによります。
破産したことを自ら説明しなければ、家族や友人知人には知られない可能性が高いです。
しかし実際には、破産手続きをしたために、家族や友人知人の破産したことを知られてしまうこともあります。事情によっては、申立代理人が力を尽くしても、それを回避できないこともありますので、この点について依頼者の方にお約束することはできません。
法律事務所のウェブサイトの中には、家族や友人知人に破産したことを知られないように破産することも可能と説明するものがありますが、この説明は不適切だと考えます。
たとえば破産管財人の調査の結果、親族や友人知人に対し偏波弁済していた事実が明らかになったとして、その弁済は否認権行使の対象となります。破産管財人の否認権を行使して、親戚や友人知人に対して弁済された資金の返還を求めることとなれば、破産管財人は事情を説明することになりますので、結果的に、破産について知ることとなります。
以上は、弁護士の立場で考える破産のデメリットです。
実際上の問題は、破産を経験したについての自身の記憶が残り続けるという点があります。
他人に知られなかったとしても、自身の記憶は残ります。まじめた人ほど、この問題を重視するのではないかと思います。この点を重視して、破産という選択をせずに、将来利息も含めて返済を続けるというのも一つの選択です。そのことを合理的でないと非難することはできないと思います。
破産するのが適切と考えられるケース
ただ、例えば次のようなケースでは、破産を選択するのが適切であると考えられます。
可処分所得がなく資金援助も受けられないケース
ご自身の収入の額が、必要不可欠な支出の額を超えない方、たとえば、手取りの収入の額が20万円であり、家賃、食費、水道高熱費、通信費、交通費などの必要不可欠な支出額が毎月同程度、つまり20万円程である方は、返済に充てる余裕のある資金はありませんので、資金援助を受けられない限り、破産を選択しないと、生活が破綻してしまいます。そのため破産を選択するのが妥当です。
養育費を支払っていない方(あるいは支払額が少ない方)
借金を返済する必要があるため、養育費は支払えない、あるいは養育費の支払額を本来支払うべき金額より少なくするしかないという方は、順序が逆だと思います。養育費を支払っても、まだ返済に充てる資金があるのであれば、任意整理でもよいと思いますが、そうでないのであれば、ご自身は破産手続きを取って、返済に充てていた資金を養育費の支払いに充てるのが妥当です。
未成熟のお子さんがいらっしゃる家庭も同じで、返済に回せる資金があるのであれば、教育費に充てるのが妥当だと思います。
デメリットについての誤解
破産は、取締役の欠格事由ではありません。
以前は、欠格事由とされていましたが、法律が改正されて、現在は、欠格事由でなくなりました。
当然、新たに取締役に就任することもできます。
選挙権は失わないこと
破産しても選挙権がなくなるわけではありません。
ただ破産手続き中は、郵便物が破産管財人に転送されてしまいます(同時廃止の場合は別です)。投票所入場券が転送されてしまい、投票日当日までに手元に入手できないということは、事実上、あり得ると思います。
もっとも投票所入場券がなくても、実際には投票できるはずです。詳しくは選挙管理委員会事務局の担当者等に確認してください。
戸籍に記載されることもありません
破産したことが戸籍に記載されるということはありません。
裁判所の書記官は、ある一定の要件をみたす場合、破産者の本籍市区町村において戸籍に関する事務をつかさどる者(「戸籍事務司掌者」)に対し,当該破産者について破産手続開始の決定が確定した旨を通知することになっています(戸籍事務司掌者に対する破産手続開始決定確定等の通知について/平成16年11月30日民三第 号高等裁判所長官,地方裁判所長あて民事局長通達)が、免責許可された方は、この要件に当てはまりません。ほとんどの方については、免責許可されますので、この要件に当てはまらないということになり、そのためほとんどの場合、裁判所の書記官は、破産手続開始決定が確定した旨の通知を行っていません。
なお、免責不許可の決定が確定したときときは、この要件に当てはまります。
詳細を確認されたい方は、こちらを参照してください。
上記の通知が行われた場合に、本籍地の市区町村の破産者名簿に記載されることになっていますが、要件に当てはまる方は、かなり限定されるはずです。
「身分証明書」にも通常は記載されません
ここでいう「身分証明書」は、免許証や健康保険証、マイナンバーカードなどのことではありません。
身分証明書とは、「禁治産又は準禁治産の宣告の通知を受けていない、後見の登記の通知を受けていない、破産宣告又は破産手続開始決定の通知を受けていないことを本籍地で証明するものです。」(東京都中央区のウェブサイトより)
上記の破産者名簿に記載されている方については、身分証明書にその旨が記載されるということになりますが、「戸籍に記載されることもありません」で説明しましたように、破産開始決定が確定した方であっても、ほとんどの方は免責許可されますので、身分証明書にも記載されません。
身分証明書の発行を請求できるのは、ご本人(未成年の子の場合は親権者)又はご本人から委任状を預かった方のみとされているので、基本的には本人が知らない間に発行されるということはありません。
以前、破産された依頼者の方から、ご自身が警備会社に就職する際に、身分証明書の提出を求められたと聞きました。その方は、破産したのに、その旨の記載がなかったので、おかしいと言っていましたが、その方も免責許可されていましたので、記載がないのは当然ということになります。
港区のウェブサイトでも、「・・・破産手続開始決定を受けていないこと」ではなく、「破産手続開始決定の通知を受けていないこと」を本籍地で証明するものと説明しているのは、上記のような事情があるためで、破産に関する情報がないからといって、破産手続開始決定を受けているかどうかは、確認できませんよ、ということです。
預貯金口座について
預貯金口座は、引き続き使用することができますし、新たに口座を開設することもできます。
ただ借金している銀行の預金口座は、支払停止時(多くの場合、弁護士による債務整理開始通知が銀行に到達したとき)の口座残高は、借金と相殺されてしまいますので、当面の間、事実上、使用することができません。
なおその後に給与等の振り込みがあった場合も、キャッシュカードでは引き出すことができなくなるなどの制限を受けますが、代理人弁護士が、その銀行に説明し、かつ当事者の方が銀行の窓口で所定の手続きを取ることにより、債務整理開始通知後の振込分については、引き出すことができるのが通常です。金融機関が引き出しに応じない場合は、委任した代理人弁護士に相談してください。
銀行は、債務整理開始通知を受け取った後、保証会社に対し、いわゆる代位弁済請求をします。銀行が保証会社から弁済を受けた後は、銀行は破産債権者でなくなりますので、その銀行の口座も従前どおり使うことができるようになります。
資産については、一部保有し続けることができます
たとえば現金は99万円まで保有することができます。
ただし、99万円まで保有し続けることができるのは現金のみです。
預貯金や保険などについては、保有し続けることができるのは多くの場合、20万円未満とされています。
私は、預貯金については、現金と同視すべきであると考えますが、東京地裁の実務では、そのようには考えられていません。預貯金は、現金ではないという理由で、20万円以上の預貯金がある場合、保有し続けることができないとされています。
この問題については、ここでは詳しく書きません。
むすび
冒頭でも説明しましたが、この記事は、実際に自己破産された方の意見に基づくものではありませんのでご了承ください。
正しい情報に基づき、十分に検討して方針を決めてください。
自己破産に関する相談も電話相談の場合は、有料相談となります。有料電話相談については、以下のページで説明していますので、参照してください。面談相談をご希望の場合、お電話でお問い合わせください。
以上